今日の朝刊、民報サロンにて
第二回目が掲載されました。
店名の由来ともなっていて、
来週には解体されてしまう隠居についてのお話を。

作業の疲れがじわりじわりと身体に来ているところですが、
こうして文章にも残すことができて
良かったと思っています。
こんな機会を与えて下さった方々に感謝です。

隠居とは別に母屋の方の荷物は、
あれもこれも残しておきたいという両親の気持ちも
くんであげたかったけれど、そうするにはあまりにも大量すぎた。
浅い眠りの中で、それらの荷物が襲いかかってくるようで
明け方目が覚めてしばらく眠れなくなってしまった。

断捨離という言葉自体はあまり好きではないのだけれど、
人ひとり、夫婦二人が必要とする程よい荷物の量というものって
家の大小に関わらず、ある程度決まって来るものだと思う。
高齢になると、モノを処分することで
記憶までもがそれごと葬りさられてしまうと感じる恐怖というものもあるのかもしれない。
モノが消えても本当は記憶は残るのに。
自分の荷物ではない分、なんだか切なかった。

自分だったら。

まだまだなんて思っていてもきっとすぐにやってくる老後。
その頃には自分の中の引き出しは増やしつつ
荷物は身軽に小ざっぱりと暮らしたい。