中津箒

手にして嬉しい道具というものがある。
それは使いやすさだったり、手に馴染むサイズだったり
手触り、素材、色、デザイン?美しさ…
嬉しいの感覚はきっと人それぞれ。
けれどもついつい我慢しきれず
人にもすすめたくなってしまうのだ。
中津箒を知ったのはとあるギャラリーを通りかかったとき。
小指の先ほどの小さな箒から柄の長い箒までが
ズラリと並んだ様子に引き止められて立ち寄った。
スッと背筋が伸びるような気持ちよさを感じる
箒たちの姿がたまらなく美しい。
自宅の掃除は箒を使っているものの、
買い足すほどまだくたびれてはいない。
そう頭でわかっているのにすでに箒を選び始めている自分がいた。
「小さいのなら…」
こう言い訳をして罪悪感をぬぐってみる。
同じ理由で我が家にやってきたものたちがたくさんあるというのに。
草木染めで染められた凧糸を使って
きれいに編まれた小さな箒。
パソコンのキービードのホコリ払いにと思って
そのときは選んだのだけれど、
結局はお店のコーヒーミルの掃除用へとお役目を任命。
お気に入りの道具があることで作業はグンと楽しくなる。
お店では営業が終わったら毎日コーヒーミルを掃除している。
洗えるものは洗って、飛び散ったり歯の部分につまったコーヒー豆は
この小さな箒が活躍してくれる。箒の汚れが気になるときは
水洗いもできるから重宝している。
何年も日々使っているうちにずいぶんと小さくなって
さすがにそろそろ買い替えたいのだけれどと思っていた頃に
使い続けていた頃に中津箒の横畠梨絵さんに知人を介してお会いした。
20151112-中津箒コーヒーミル.JPG
タイミングというものはあるもので、
横畠さんにお願いをしてやって来たのが細長いスリムなカタチの
コーヒーミル用の箒。
細いけれどキュッと詰まった穂先のお陰で
細かい部分に詰まったコーヒーの粉もきれいに掃除をすることができる。
大正から昭和にかけて神奈川県の中津という地域で盛んだった
中津箒(当時は東京箒を呼ばれていたのだとか)の箒づくり。
一度衰退したものを現代の暮らしに寄り添うかたちで
復興するために平成15年に「(株)まちづくり山上を設立」
材料となるホウキモロコシの栽培や収穫に始まり、箒の制作までを
職人さんが丁寧に行う中津箒が復活した。
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道具を使いながら伝わる気持ち良さや
掃除が終わったときの清々しさ。
日本の道具の素晴らしさを職人の手仕事が教えてくれる。
それが日常の暮らしの中にあるというのは
なんだかちょっと嬉しい毎日。

くまがいさんの器

アノニマ・スタジオがまだ青山にあった頃だから
9年前?10年前くらいだろうか。
くまがいのぞみさんにはじめて会ったのは
その頃のアノニマ・スタジオで。
料理本の撮影をしているときに私がたまたま
訪れて、挨拶をさせて頂いたのが最初。
その後、すぐ近くにあるOPA ギャラリーでくまがいさんが
個展をされるというので伺った際、
はじめて手にしたのが写真の小さな器。
20151024-くまがいさん器.JPG
ちまちましたものは今も変わらず好きだけれど、
そんなちまちま好きの心がときめく器が並ぶ一方で、
大皿や鉢には植物が美しく生けられていて、その対比も印象的な展示だった。
たくさんお客様がいらっしゃるというのにひとりひとりに
自ら入れたお茶を出してくれて、それは今の展示でも変わらない。
くまがいさんが作った香炉から香るほうじ茶の匂いも記憶に残っている。
深い緑に小さな足がついたこの器。
写真のようにすだちを入れたり、塩や柚子胡椒、お菓子など
何かをちょこっと入れてテーブルに出すときにいつも重宝している。
今では黄色やブルー、カフェオレのような色や水玉模様など、
バリエーションもどんどん増えている。
食卓が楽しく、それでいて一体感がある。
色の器のおもしろさを教えてくれたのはくまがいさんかもなぁ。
20151024-くまがいさん土鍋.JPG
お店では、小さいけれど深さのある土鍋でお昼ごはん用の
お米を炊いている。1合炊くのにちょうどいいサイズ。
このこっくりとした黄色がまたご飯をより一層美味しそうに見せてくれるのだ。
コンロに乗せたままにしても気にならず、むしろその姿が視界に入ると嬉しい存在。
お米を炊くときだけでなく、野菜や冷凍したものをクッキングシートにくるんで
この土鍋に入れ、蒸し茹でにすると短時間でじんわりと中まで火が入って美味しくなる。
そんな使い方をするときにも小さいので気軽に取り出せる。
かわいいだけじゃない働きものの器たち。

五月女寛さんの花入れ

20151023-五月女さん花入れ.JPG
アスファルトをメキメキとつきやぶるようにして
芽を出し、葉を広げる雑草。
ひとつひとつの植物には名前があるというのに
全部ひっくるめて「雑草」だなんて呼ぶのはかわいそうな気もする。
でもその一方でたくましい姿に励まされることもあるのだ。
五月女寛さんの花入れをはじめて見たときに、
雑草たちの姿が頭に浮かんだ。
花屋さんで選ぶ美しい花を生けてももちろん素敵なのだけれど、
道ばたに咲く雑草や野の草花が断然似合う。
どんな角度でさしても、茎のおさまりもいい。
独特な方法でひとつひとつ作られているこの花入れは、
大きさも割れた地表のような口も同じものが全く無い。
それは雑草それぞれに表情があり、名前が違うことにも
通じるものがある。
雑草たちを愛でる五月女さんのやさしさがこの花入れから伝わってくる。
この花入れに生けられた雑草たちが、胸を張っているかの様に
生き生きと、どこか誇らしげに見えてくる。

リニューアル

しばらく休止状態だったこちらのページですが、
リニューアルをして、あらためてお店にあるものたちの
紹介をしていこうと思います。
ゆるやかに始動していくのでどうぞおつきあいください。